【コラム】追想録
私は幼稚園の頃から中学2年生までエレクトーンを習っていました。電子楽器でして、概ね右手でメロディーライン、左手と左足で伴奏、右足で音量調節をするのが基本でして、数百種類の音色が出ます。
高校・大学時代は合唱をしておりました。エレクトーンからは離れてしまいましたが、音楽という意味ではつながっていました。
社会人になると、合唱からも離れ、音楽は聴くだけになってしまいましたが、大人になってからも機会があればエレクトーン弾きたいなぁとずっと思い続けていました。
2007年くらいの頃ですが、私のオフィスが入っているビルの1階の小部屋で、エレクトーン教室を開く先生が現れました。家にはエレクトーンもなく、練習ができる環境ではないのに、何か運命のようなものを感じ、即申し込みました。
先生は週に1回、小部屋を借りてエレクトーンを持ち込んでレッスンを始めようとしていたところだったそうです。私が同じビルに入居していることを知り、レッスンのない日は私のオフィスに設置してくれることになりました。先生はイチイチ外から運ぶ手間が省け、私はレッスンのない日はエレクトーン練習し放題。仕事を終えてから、ひたすら練習をしておりました。
エレクトーンって、昔は電子的な音しか出せませんでしたが、どんどん進化して、とてもよい音色が出るようになりました。昔弾いていたあの曲を2000年代によみがえらせようと、自分で楽譜を起こして、音色を作って練習し、週に1回、先生のレッスンを受けていました。
ある時、先生からこう言われました。
「中野君は、元の曲を真似して本物そっくりに弾こうとしているけど、どんなに頑張ったって、元の曲には勝てないよ。そういう方向性で頑張るんじゃなくて、中野君のオリジナリティーを加えて、別の曲を作るくらいの気持ちでやった方がいいよ。」
先生はエレクトーンの演奏について話をしてくれたのですが、こりゃ深いなーと思いました。「人まねではなく、自分オリジナルを貫け。」・・・このメッセージはその後の私に大きな影響を与えてくれました。
先生から数年間教わりましたが、その後、レッスン会場が湯島に変わり、私も仕事が忙しくなってしまい、エレクトーンがオフィスから消えたことで、レッスン終了となりましたが、細々と先生とのおつきあいは続いておりました。
その先生が先日ガンで亡くなってしまいました。享年67歳。現代の平均寿命からすると早すぎます。とても残念ではありますが、先生はきっと、私だけでなく、大勢の方々によい影響を与えてくれたことと思います。それが生きたことの証となりました。ステキな67年間の人生だったのだろうと思います。
先生から習っていた頃の映像がこちらです。当時38歳くらいだと思います。素人が弾いている演奏で恐れ入りますが、ご興味ございましたらご視聴ください。
0コメント