【コラム】紺綬褒章の伝達式のご報告とお礼

2026年6月11日(木)、紺綬褒章の伝達式が行われました。

「伝達式」は聞きなれない言葉だと思います。天皇陛下から授与された褒章・褒状を、受章者本人に対して、関係省庁・都道府県・市区町村などの機関が取り次いで渡す式という意味なのだそうです。

私の場合は、寄付先は日本赤十字社山梨県支部です。日本赤十字社の都道府県支部長は都道府県知事が兼任することになっている関係で、私は山梨県知事の長崎幸太郎さんからいただくことになりました。

知事というお仕事柄、とてもお忙しく、候補日が1ヶ月に1日しかありません。4月、5月と私との都合が合わず、6月11日(木)にしていただきました。

「平服でお越しください」とありましたが、知事の向こうには天皇陛下がいらっしゃるわけですから、そんなわけにはいきません(笑)。この年になってくると、日本の文化が大好きになっておりまして、紋付き袴をあつらえました。次いつ着るんだろう…。子どもたちの結婚式に子どもたちに着てもらったり、子や孫に譲ったりすればいいかと、思い切って購入しました。

会場は山梨県庁別館の「正庁」という部屋。私、家内、私の両親の4名と、日本赤十字社や県庁のスタッフの方々が下記写真のパーテーションの向こう側で待機していると、知事がいらっしゃいました。私たちはパーテーションの向こう側からいったん廊下に出て、再度パーテーションの手前側のドアから入場し、知事にご挨拶。

それぞれ所定の位置について、まずはお互いに礼。

知事から2分くらい、お祝いのお言葉をいただきました。

その後、私が起立し、知事から褒章の記(感謝状的なもの)と褒章(メダル)を授与されました。この動作、高校か大学の卒業式以来なのでは…。

最後に知事と私の家族で記念写真を撮り、終了です。

その後、せっかくの機会なので、家族みんなで食事に出かけ、写真館で記念撮影をしました。ちなみに2列目左から実父、家内、実母。手前左側が知事の長崎幸太郎さん。

両親からはご祝儀をいただき、義理の母からは額縁をいただきました。

今回の紺綬褒章は私の個人名でいただきましたので、私が褒章されたという印象にはなりますが、決してそんなことはないように思います。

私が紺綬褒章をいただけたのは、一定額を寄付したからです。私にとっては1回の寄付でまとめて出せるような額ではないので、これでもかと言わんばかりに細かく刻んで、何年もかけて寄付をし続けました。

寄付したお金の源泉をたどると、それらは全てお客様からご料金として頂戴したものです。開業している社労士は全国に約4万人います。東京都内にはそのうち1万人くらいいるそうです。他の社労士でもいいかもしれないのに、ご縁をいただいてお客様と長いおつきあいをさせていただいている方がほとんどです。

二十数年前に開業した頃は、お客様がいないところからのスタートでしたので、その日の生活もままならない状態でした。「自分にだってできることはある!」と強がってみても、お客様がいなければ、できることもできないし、社会貢献する場がありません。もちろん生活もできません。当時のことを思うと、お客様がいてくれることのありがたさが身に沁みます。

スタッフもありがたいです。自分一人の力には限界があります。スタッフがいることで、自分一人では決してできないサービスの量や質になっています。それと、仕事そのものも助かっているのですが、スタッフがそばにいてくれることで、どれだけ自分の精神的な励みや支えになっていることか。

寄付する気持ちになれる自分になれたのも、家族はもちろん、子どもの頃からのさまざまな人とのつながりの中で、いろいろなことに気づかせていただいたおかげです。

このように考えると、私とご縁ある人たち全員で、今回の褒章をいただいたのだと思っています。本当にありがとうございました。

実は2023年に家を建てまして、多額の住宅ローンを背負ってしまいました。そんなわけで今は寄付額をさらに絞ってはおりますが、継続しています。紺綬褒章をいただいたら寄付もやめるというのも、恥ずかしい感じもしますし(^_-)-☆

住宅ローンを頑張って返済し切ったら、また寄付額を増やそうと思っています。これからも大勢の方にお世話になり続けることと思いますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。


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