【コラム】経営という言葉の成り立ち
「経営」という言葉、2000年以上前に書かれた中国の古典にあるくらい、古い言葉です。
漢字の成り立ち辞典である『漢字源』によると、「経営」という言葉の本来の意味について次のように解説しています。
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直線の区画を切るのを「経」といい、外側を取り巻く区画をつけるのを「営」という。あわせて、荒地を開拓して畑を区切るのを「経営」といい、転じて、仕事を切り盛りするのを「経営」という。「経之営之=之(これ)を経し之(これ)を営す」〔詩経・大雅・霊台〕
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眼の前に誰の土地でもない荒れ地がある。荒れ地を荒れ地のままにしておくのも一つの選択肢ですが、荒れ地を何かの形で有効活用したい。
そこで、荒れ地の中から「ここからここまで」と区切って、いろんな土地の使い方がある中で、「畑」としてこの土地を活かしていこうと心に決めて、荒地を畑化していくわけです。
これが「経営」の元の意味です。この事をよくよく考えていくと、実に奥が深いように思います。
例えば。眼の前の荒れ地全部を何かにしたっていいじゃないですか?でも、そうしない。
荒れ地全部を自分の好きなように使うためには、時間も金も労力もかかりすぎるんです。
だから区切る。
そして、区切るということは、自分がすることとしないことの区切りをつけることでもあります。
誰しも様々な制約を抱えて生きているわけですから、何かを得るということは、別の何かを捨てることでもあるわけです。
例えば、私は社会保険労務士の資格を活かした仕事を選びました。ということは、社労士以外のすべての職業の道を捨てたということでもあります。
一つを選ぶということは、極端な話、一つ以外のすべてを捨てることになるわけです。
それが「区切る」ということではないでしょうか。
さて、区切った範囲内で何をするか。私はここに「経営」の「経」がさらなるメッセージを伝えてくれている気がします。
「経」はタテ糸のこと。布を織る際の「タテ糸」は布の芯を作る役割。ちなみにヨコ糸は布の模様を作る役割があるそうです。そして、タテ糸は最終的には目立たない存在になります。
タテ糸は見えずらいものだけど、布を布たらしめているのはタテ糸なんです。
人において「タテ糸」とは何か?それは志です。志とは将来こうしたいという「夢」に「社会貢献性」をプラスしたものです。
ということは、区切った中で何をしてもよいわけではない。自分の心の底から「こうしたい」とわき起こる志を形にして、社会に提供・貢献することが「会社経営」です。
私の例でいえば、単に社労士を活かした仕事をするだけにとどまらず、自分の志を織り込んだ仕事ぶりを発揮するということになります。
そして、経営は「会社」だけではありません。
いちばん大切なことは「自分自身を経営すること」です。誰しも生まれた日と死ぬ日を除けば、1日24時間です。これが何日続くかはわかりませんが、有限であることは確実です。手持ちの金だって有限です。
自分自身のタテ糸(=志)は何か?自分自身は何をして、何をしないのか?
自分の人生を経営する者として、残りの人生に悔いが残らないよう過ごしてまいりたいと思っています。
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